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”ただいま!”日記

父親になって改めて考える家事のこと。家事シェアを伝える活動を通して得たパパ家事の極意をお伝えします。

パパの家事が”新入社員”だと!?(すいっちより)

「すいっち」というメディアに記事がアップされました!
パパ家事は新入社員を育てるように、手ほどきすべし。ママの口からではなくて、パパ自身の口からそういった言葉が出てしまうことに一言物申します。

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■きょうの家族言

猛烈な暴風雨。関東への台風上陸は11年ぶりだそうです。
こんな時、保育園が家のすぐそばだったことは本当にありがたいことでした。
自分一人でも歩くのが大変なのに、小さな子を連れての移動はかなり大変。
 
それにしても、こんな日でも変わらずお預かりをしてくれる保育園には感謝しかないと、妻がありがたがっていましたが本当にそう思います。
 
 
 

■パパの家事が新入社員だと!?

すいっちと言うメディアにてこんな記事を書きました。
 
 
家事が苦手なパパは”新入社員”のようにマネジメントすると上手くいく。
そんな話しをよく聞きます。
“新入社員“、なのか“子ども”なのか言い方はそれぞれですが、とにかく「できない人に対して懇切丁寧に教えること」が大切だとのこと。
確かに、言っていることはわかる。
 
でも、パパ自身が自分でそんなことを言ってしまってはいけないと思うんです。
 
 

■パパの家事は中途社員!

パパが家事をするにおいて求められているのは。
 
・即戦力
 
のはずです。
とはいえ、いままで家事を主で担ってこなかったのなら自分勝手にしてもチームプレイを乱すだけ。
だからこそ、ママが築き上げたルールを把握しながら、わが家のやり方を作り上げていかないとダメなんです。
 
 

■さいごに!

でも現実には、全然家事が不得意なパパさんもたくさんいる。やるほどに、ママをイライラさせちゃうことも。
そんな時も、中途入社した社員のような気持ちになって欲しい。
即戦力を求められつつも、ルールや社風の違いにすぐにはなじめない。
でも、これまで培ってきた、ママにはないスキルだってあるはず。
 
細かい所に目は届かないかもしれないけど、大胆にスピーディーに勧められるかもしれない。
こだわり始めたら、色々突き詰めて、その結果新しい家事アイテムとの出会いに恵まれるかもしれない。
 
全部ママと同じ、をお互い求めるんじゃなくて。
お互いの得意を活かせるようになるのが理想的だと思います。
 
 

シン・ゴジラ。今の日本だから伝わる臨場感。

 

 

 

 

 

 

せっかくシン・ゴジラも見たことだし、興奮冷めやらぬうちにレビューしたいと思います。
※以下、ネタバレな可能性あるので、まだの方はご離脱下さい。。。

https://www.instagram.com/p/BJWbutchncZ/

Instagram

■きょうの家族言

先日妻がシン・ゴジラを見に、レイトショーへ出かけました。
相当面白かったようで、「チケットの手配してあげるから、すぐにでも見に行ったほうがいい!」と帰ってきて大興奮。
翌日(昨日)の夜、同じく寝かしつけが始まるタイミングでぼくもレイトショーへ。
 
シン・ゴジラが面白かったのはもちろんですが、たまにはこうして夜映画に行くのもいいなと思ったり。
ジムには夜出ることは多いのですが、映画にしろ、飲み会にしろ、寝かしつけ後の時間って案外自由。
 
毎晩交代で寝かしつけをしているので、夜の時間の使い方を工夫すれば楽しみもまた増えそうです。
 
 
 

■シン・ゴジラが面白かった!

そういうわけでせっかくシン・ゴジラも見たことだし、興奮冷めやらぬうちにレビューしたいと思います。
※以下、ネタバレな可能性あるので、まだの方はご離脱下さい。。。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

■政治について考えさせられる

昨夜帰ってきたら、妻が起きだしてシン・ゴジラの感想会が始まりました。
今回はゴジラVS政府と言う切り口が、ひとつの魅力であるとのこと。
怪獣バトルではないので、想定外の超巨大生物が現れた時、政府としてどのような対策を講じていくのか。
そのやりとりのリアルさが面白味でもありました。
 
ゴジラという未知の存在が現れて街を破壊しながら歩行する。
そんなことに対応するための法律は当然ないわけです。
 
この存在を「自然災害」と捉えるのか「武力攻撃を受けている」と捉えるのか。
それだけでも縦割り官僚では、動く部署、対策方法などが全然変わってくる。
 
自衛隊がすぐに出動して、火器による攻撃を行うってわけには行きません。
自衛隊が街中で武力行使をする際、それを認めるために様々な部署の許可が必要であり、最終的には総理の決断によって引き金が引かれなければならない。
そのような自体におちいった時、上層部になるほどに自身の進退や政治的立場の優先順位が上がっていく。
 
今回のゴジラでは、人のバックグラウンドが特に描かれないのも特徴のひとつです。
登場人物の家族や、その人の想い、恋愛事情やストーリーは描かれません。
シンプルにゴジラVS組織の構図。
そんな中だからこそ、何かの決断を下す時や依頼をかける時などに自身の進退が持ち出されることの怖さを感じました。
 
 
人は愛だけで動き、正義だけで決断を下す生き物ではない。
相当な危機状況におちいっていたとしても、政治的立場という組織内でのあり方は大きく優先される。
 
 
 

■今の日本だからこそ、伝わる臨場感

妻が話していた魅力のもう一つが、「今の日本だからこそ伝わるものがある」と言うこと。
戦後、日本は「核」という物と(特にその脅威と)向き合い続けて来たと思います。
先の大震災でも、原発の存在や扱い方については様々な議論がなされている。
 
ゴジラのエネルギー源は「核」です。
放射能を撒き散らしながら歩き、その力を体内に秘めている。
さらに通常の自衛隊が所有する火器では、ゴジラに全く刃が立たず、国連は東京に核の投下を決定します。
 
直接的な破壊の恐怖もありながら、後にまで残る放射能への恐怖心というのは、劇中で深く語られなくても感じるところです。
ゴジラの怖い所はまさにそこでした。
ただ倒して終わり、とはならない。核によってゴジラを倒すと言うことになればその後の復興をどうすれば良いのか。
その影響はどこまで広がるのか。
 
 
戦後間もなく制作された初代ゴジラ。
震災後に制作されたシン・ゴジラ。
 
どちらも、「核」と向き合わざるを得なくなった時に、そのメタファーのような存在としてゴジラが現れている。
「この国はスクラップ&ビルドで成り立ってきた。今回だって変わりはないさ」
と言う最後のセリフ。
このセリフが示すように、日本は危機的状況の中から一歩ずつ前進し、それを乗り越えようとしている。
ゴジラと言う怪獣は現実にはいないけど、ゴジラをメタファーとする事象はあるのかもしれない。
 
 
 

■さいごに!

映画としてのシン・ゴジラの見どころはもっとたくさんあります。
エヴァとの共通点を感じたり、キャストの壮大さに驚いたり。
シンプルなストーリーの中に謎をたくさん含んだ映画です。
エヴァを見たことがなくたって、俳優の名前を知らなくたって、200%楽しめた映画でした。
 
 

「男の価値観方程式」がもたらす男性に与えられたたった一つの生き方。

 

■きょうの家族言

保育園の給食やオヤツがめちゃくちゃ美味しいらしい。
娘さんが晩ごはんをすぐに「ごちそうさま」しちゃうので、保育園ではどうか聞いてみたら、
「おかわりして、この小さな身体のどこにはいるのかって位食べてます」と。
 
どうりで、晩ごはんの量の割にはお腹がポコンとしてると思った!
 
保育園のご飯が美味しくていっぱい食べてくれることを知ってホッと一安心。
いっぱい食べて帰ってきて下さいませ。
 
 
 

■男の価値観方程式

「オハラの夫」と呼ばれて
 
コチラの記事では、芸人クワバタオハラの小原さんの夫、マック鈴木さんがご自身が「オハラの夫」と日本で認識されることへの葛藤が書かれています。
また、他の事例としてマドレボニータの吉田紫磨子さんご夫婦の産後体験も書かれていました。
 
一部引用します。
そして「オハラさんの夫」と言われる。
 こんな呼ばれ方を鈴木さんは「妻はテレビに出ているのだから当然の反応」と受け流しつつ、「米国では僕の方が勝っている」。世界最高峰リーグで数万人の観衆の視線を一身に集めた自信とプライドが、今の支えだ。

 

 
仕事で成果をあげて来た男性ほど、このプライドからの脱却は難しそう。
マック鈴木さん程ではなくても、これまで働くことを中心に生きてきた男性にとって、仕事から得られる自己顕示欲が満たされなくなることの辛さは大きい。
仕事(収入)で成果をあげつつ、家事育児をするのは、まだいいんです。
仕事(収入)で妻よりも成果をあげることができていないのに、家事育児をすることが耐えられない。
 
男性が家事育児に積極的になれない理由として、家事スキルの低さや家への興味関心の低さなどが言われますが、
実はそんなことよりも大きいのは夫婦の収入バランスとの比較だということを、よく感じます。
 
●(妻より)稼ぐこと=忙しくて家にいる時間が少ない=家事育児できない(スキルも上がらない)
 
この方程式は、男性が家事育児にコミットできない黄金式。
だから、
 
●(妻より)稼いでない≒忙しくて家にいる時間が少ない≒家事育児できない(スキルも上がらない)
 
このように、式の最初がおかしいと、家事育児できない、に辿りつけない。
たとえ、忙しくて家にいる時間が少なくても、です。
 
それじゃあ、家事育児を積極的にこなすようになるかと言うとそうでもない。なぜなら。
 
●家事育児を一手に担っている=暇=家族を養えてない=男として情けない
 
なんて勘違い方程式が大腕を降って社会にのさばっているから。
本人がどう思っているか、よりも周りがどう思っているかが大事なんです。
自分の友人、同僚、上司、親戚。
そういった半径5mの人達が、自分に対してどのような評価を下すのか。
 
やっぱり人は周りから「素敵」と思われたいもの。
その「素敵」の価値観が自分の価値観と咬み合わないこと程辛いものはない。
 
 

■男の価値観方程式で失うもの

この方程式の問題は、なんの相関関係も本当はないところ。
稼ぐことと忙しいことがイコールである必要もなければ、ましてや家事育児できないこととは関係ない。
もちろん、家事育児を一手に担っていることと、男としての情けなさなんて全くイコールではない。
だけど、それをイコールとして結びつけている社会的価値観がたしかにある。
 
それによって、男性はたったひとつ「男子たるもの家庭の大黒柱であるべし」という価値観にがんじがらめに縛られることになります。
つまり、その価値観に縛られている以上、それ以外の全ての選択肢を失っていることになる。
 
 

■さいごに!

男性が抱えている「稼がなくちゃ」ってプレッシャーって相当大きい。
男性が、女性が抱える葛藤やジレンマ(例えば社会的で普通に働き続けることの難しさ、家事育児に対してのプレッシャー)をそう簡単に理解できないように、男性の大黒柱プレッシャーも、女性には簡単には理解できるものではないと思います。
 
「共働きなら、稼ぎも倍増だし、残業や出世だってそんなに無理しなくてもよくなるしいいんじゃない?」
 
と言うかもしれない。
素直にそう納得できる男性はいいけど、「そういう問題じゃない」って感情的になってしまう男性だってたくさんいる。
 
それは「無理に働かなくたって、家で子どもと過ごしてればいいじゃん。幼稚園通わせたら自由になる時間だってあるんだしさ」って言われてカチンと来るのと似ているかもしれない。
 
小さい頃から言われ続けている価値観を覆すのは、なかなかに難しいものです。
でも、その価値観が自分自身を追い詰めてしまうものであるとしたら、周りとの比較をやめて自分と家族の幸せを改めて話し合うってことが何より大切だと思います。
 
どちらかが背負っている大変さを、どちらかだけに背負わせるのではなく。
お互いが自分もその荷物を背負う(分け合う)覚悟が必要なんだと思うのです。
 
 
 
 
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8/23(火)10:00~【モヨウ替えcafe】
着替えもお片づけも自分で!入学準備期のキッズスペース作り

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リビングがおもちゃでごちゃごちゃしてしまうこと、
子どもが小さいうちはよくありますよね。
そのままカオス化してしまうか、つどつどすっきり片づくか。
その差は大きい。キッズスペース作りがそのカギです。
 
子どもは5歳前後から「自分のスペース意識」を持つようになります。
自分で片づけられるおもちゃスペースと、
自分で身じたくできる着替えスペース作り。
失敗しないモヨウ替えの方法をプロがお話しします。
 
少人数でじっくりお話しする場です。
お時間の許す限り、アドバイス等もさせていただきますので
よかったらご自宅の写真を撮ってきてください。
 
仕組みさえあれば、子どもは驚くほど上手にお片づけするんですよ。
そして、自分のことが自分でできるという自信は
子どもを大きく成長させます。
 
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コーヒーをただ、飲むだけの時間。

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■きょうの家族言

吉田沙保里選手がまず1勝!
このまま五輪4連覇となるのでしょうか。
 
厳しい父の元で、幼い頃からレスリング漬けの日々。
辛くて、苦しくてもう辞めたいと何度も思ったと言います。
 
父親として。
厳しい優しさを娘さんに与えられるだろうか。
甘い優しさだったら、いつでもどこでもできる。
だけど、厳しくしなくてはならない時。
親として何と言ってあげるのがいいのか、迷った時。
 
父親1年生の自分は、その迷いの中で何を選択するんだろう。
甘さだけじゃない厳しさを選択することはできるんだろうか。
 
 
親になったことで、これまでになかった新しい迷いに直面することもありそうです。
 
 
 

■コーヒーをただ、飲むだけの時間

仕事に行き詰まって来ると、以前はよくコーヒーを飲みに出かけていました。
スタバみたいなチェーンカフェに行くときもあれば、おなじみになっている街の喫茶店に行くこともある。
そこで、30分なり1時間なりの時間を過ごして、仕事をしたり、本を読んで気分転換をしたりしていました。
 
子どもが生まれて、夕方5時過ぎには仕事を終えるようになると、なかなか気分転換にコーヒーを飲みに行く時間はありませんでした。
でも今日は気分転換にカフェへ。
 
ブログを書くようになったり、講演の回数が増えたりする事でアウトプットが一気に増えました。
アウトプットが増えると、それに見合うだけのインプットが必要になってくる。
所詮、自分の頭の中にあることの量なんてたかがしれているんだってことが、嫌でもわかってくる。
 
インプットなら何でもいいわけでもないので、手当たり次第ってわけでもありませんが。
 
 
今日は一時PCを置いて、本を持ってカフェに行きました。
 
 
カフェについて、本を読もうと思ったのですが20分だけ、目の前のコーヒーに集中。
毎日5〜6杯のコーヒーをながら飲みしてしまっていましたが、目の前のコーヒーにただ集中していると、とても心地よい気持ちに。
 
 
子どもが生まれて、もうすぐ2年。
毎日何かに追われるように過ごしていますが、たったの20分。目の前のコーヒーに集中するだけで随分と穏やかな気持になれるもんだと感じました。
 
この時間を、子育てママは心から欲しているんだろうな。
 
 
 

■さいごに!

すこし落ち着いて周りを見回すことが必要な時期のようだと感じます。
娘さんの成長を目の当たりにしたり。
夫婦のコミュニケーションの変化を感じたり。
そんな慌ただしい毎日の中で、こんな時間が大切だと感じる余裕が生まれてきたように思います。
 
気持ちのゆとりが、大切ですね。
 
 
 

「子どもの泣き声NGなカフェについて」親・お店、もうひとつ大切な視点忘れてない?

「子どもの泣き声NGなカフェについて」
親・お店(他のお客さん)の気持ちや気遣い。
それらについてはよく語られているけど、もうひとつ大切な視点忘れてない?って思います。
ぼくが子連れで外食する時、お店選びする際に何より大切にしている視点です。

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■きょうの家族言

先ほど娘さんの寝かしつけが終わりました。
最近、「パパ〜」「ママ〜」「〇〇ちゃん〜」など、指指しては大喜びな娘さん。
ベッドでぼくのことを指さしながら「パパ〜」と大喜び。
次に自分を指差しながら「〇〇〜(まだ上手く自分の名前を言えない)」と大喜び。
そして、天井を指差しながら「ちぃっち〜」と真剣な表情。
「誰かいるの?」と聞くと「ちぃっち〜」と繰り返す。
ふたりきりの夜に、やめて欲しいな〜。
 
 
 

■子どもの泣き声NGなカフェについて

このような記事を読みました。

www.goodbyebluethursday.com

もともと、このツイートが話題になったもののようです。

 

子育てをしている身としては、思わず感情的に「そんなお店があるなんて!」と思ってしまいます。
でも、記事の中で、
 

お店側の視点に立ってみた場合はどうだろうか。

「カフェ」というのは、そこに「くつろぎ」や「落ち着き」を求めてやってくるお客さんが少なくない。当然、誰かと話をするために訪れる人もいるだろうが、一人で読書をしたり、考えにふけったり、あるいは落ち着いて仕事をしたりする人もいるかもしれない。

この「子供の泣き声NG」なカフェにも、きっとそういうお客さんがいたに違いない。そのカフェに「くつろぎ」や「落ち着き」を求めてやってきているお客さんだ。

そういったお客さんにとって、赤ん坊の「泣き声」というのはどのように捉えられるだろうか。

(中略)
 
だからこそ、このお店の対応は、そういった「くつろぎ」や「落ち着き」を求めるお客さんを守った行為、と言えるのではないだろうか。
 

 

確かに、お店側の身になってみれば両者共に意見が解ります。
ちなみにこの問題に対して記事の筆者は、お店側が「子どもの泣き声NG」であることをもっとわかりやすく貼り出す、または入店前に注意することを促しています。
 
 
 

■わが家ではどうか?

わが家は子連れ外食ではファミレスを使うことがほとんどです。
なので、いまはまだこういった目にあった事はありません。
また、カフェに入る時は娘さんのお昼寝タイムを見計らって入ります。よくあるのが、娘さんがお昼寝の時間になって眠そうにし始めたら、ベビーカーでフラフラ散歩して、眠ってからカフェに入る。
 
これは、お店を気遣ってと言うよりはそうしないと、ぼく達が落ち着いてお茶できないから。
娘さんが残念ながら眠らなかった時は、カフェタイムも残念ながら諦めています。
 
 
ぼくなんかは、自分がヒヤヒヤするのが嫌なので子連れで入るお店はほぼファミレス系のみです。
でも、旅行先などで土地の物を食べたい時もあるし、ファミレスじゃないところに行きたい時だってある。
 
 

■一番に考えているのは、子どもも楽しいかどうか

子連れの親の気持ち。「子連れだって、外食を楽しみたい」。
子連れでない他のお客さんやお店側の気持ち。「子どもが騒ぐとリラックスできないよ」。
どちらの気持ちも大切にしないといけないと思います。
 
でも、ひとりの親として自分が子連れで外食をする際に気をつけている視点がもうひとつあります。
それが「娘さんも一緒に楽しめるかどうか」です。
 
 
娘さんにしてみれば、親のカフェタイムや外食の時間って別に楽しい時間ではない。
しかも、静かにすることを強要されて退屈してしまうのだと思います。
ご飯が出てくるまでの時間。
出てきて、食べてる時間。
食べ終わった後の時間。
 
大人の楽しさに、どこまで付き合わされるのかって気持ちになる。
だから少しでも娘さんが楽しめそうなお店を選ぶ。
 
 
例えば、先日名古屋に旅行した際には「あんぱんまんプレート」がディスプレイしてあったレストランへ。
また、ファミレス系だと子ども用の椅子があったり、あんぱんまんとかが描かれた紙シートがあったりします。
他にも出かける際には「子連れOK」や「子連れにお勧め」なお店を検索して出かけたりします。
そうすると、キッズスペースがあったり小上がりが子連れ親子優先で仲間がいっぱいいたり。
 
娘さんの動きの制限も最小限で済むし、ぼく達も気が楽です。
そういったお店の方がぼく達も娘さんもみんなが楽しい気持ちになれる。
 
 
 

■さいごに!

子どもの年齢にもよるのかもしれませんが、自分で意思表示が思うようにできない子どもの気持ち。
全部を察することなんて当然できないし、どうしたって大騒ぎして迷惑をかけてしまうこともある。
 
だけど、子連れで出かけるのだったら子どもも一緒に楽しめるお店選びって視点は大切だと思います。
そういった視点でお店を選ぶと、「子連れNG」「泣き声禁止」みたいなお店をある程度避けることができるはず。
 
子連れNGなお店をピックアップして「子連れで入れる店が少なくて不便だ」と嘆くよりも。
子どもも一緒に楽しめるお店をピックアップして「子どもと一緒に楽しめるお店って結構あるじゃん!」って思ったほうが、親子共に心地よい外食タイムになると思います。
 
 
 
 
 

実家に帰省時感じた。妻は嫁タスクを完璧にこなす嫁。ではなくて家族の潤滑剤になっているプロマネだった!

実家に帰省時感じた。妻は嫁タスクを完璧にこなす嫁。ではなくて家族の潤滑剤になっているプロマネだった!

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■きょうの家族言

帰りが遅くなったらお弁当。
そんな日も結構あります。
無理をし過ぎないことが大切だと感じます。
 
 

■夫の実家に帰省すること

わが家も先週、鳥取の実家に家族で帰省していました。
ぼくも妻も、娘さんものびのび過ごし、妻に至っては「もっとのんびり長居したかった!」と言うほど。
 
ぼく自身がそんな妻を少し不思議に思うほど、家族と馴染みまくっている妻。
ここの記事に書いてあることが、比較的マジョリティの意見だとすれば、とんでもない程のマイノリティです。
 
そんな中、うちの妻に対してぼくが思ったことがあります。
 
もはや、妻は嫁タスクを完璧にこなす嫁。ではなくて家族の潤滑剤になっているプロマネだ。
 
と言うこと。
なぜそう思ったのかを振り返ってみます。
 
 

■妻が実家のプロマネになっていると感じたこと

 
まず大前提として、うちの実家は結構古い考えが残っている家庭です。
男性陣は、掃除・洗濯・料理などの家事について一切やることを求められません。
むしろ「台所には入らなくていいよ」くらいな感じです。
もちろん、テーブルを拭くとか食卓の準備なんかもやらなくてもいい、と言う感じ。
テーブルを拭いたりすれば「老人をいたわる優しい子」と言う大げさな称号をゲットすることができます。
 
そう、うちの実家においては男性の家事参加は当たり前ではなく老人介護の領域にまで踏み込むのです。
 
そんな実家ですから、むしろぼくが積極的に家事をやりだすと、妻が白い目で見られかねない。
なのでぼくは娘さんの面倒を見るとか、祖母の目の届かない寝室に布団を準備するとかでわずかに対応します。
 
 
そういった事情をいち早く理解した妻。
「実家に帰省時の方が家事してるかも」と言うくらいアクティブに動き出します。
家にいる時よりもアクティブに家事してるんだから、グッタリヘトヘトに疲れて「もうあなたの実家には帰省したくない」となりそうなものですが、「冬の鳥取も見ておきたい!」と正月にまで帰ろうとするくらいです。
 
 
・楽しむ姿勢が家族に伝わる
妻を見ていて何よりも感じたのは帰省を楽しんでいると言うことです。
娘さんの可愛さを家族にいっぱいアピールしたり、ご飯をたらふく食べたり、祖母との会話を楽しんだり。
そういった一つひとつが、うちの家族から見た時に「かわいい娘がひとりできた!」と喜びに繋がっているように感じます。
 
 
 
・帰省時にやるべきことを見定めている!
実家への帰省の目的は、
 
「娘さんの顔を見せる」
「お盆の準備を学ぶ」
 
この2点。
見ていると、この2点だけに集中して、後は結構自由に過ごしているように感じました。
あらゆることに気を使って、全てを帰省先のルールに合わせようと思うとかなりシンドい。
ですが、ポイントさえ絞って、しかもそれについては積極的にアプローチをかけていくことで実家の父母、祖母からの評価はむちゃくちゃ高いのです。
特にお盆の準備に関しては、メモを取ったり昨年の経験を活かして先回りしたりとまるで仕事をこなすかのよう。
おはぎのつくり方を教えてもらったり、ボンボリを飾ったり、仏壇をお盆用にセッティングし直したり。
 
その姿が、家族から見たらとても嬉しいものにうつるようです。
 
 
・自分の求められているポジションを、自分のキャラクターの範囲でこなし切る!
妻は料理が得意だったり、掃除が細かったりするわけではありません。
でも、それをちゃんと隠さずに伝えています。
だから多くを求められることもないし、記事にあるようにチクチクと嫌味を言われることもない。
むしろ失敗を笑いにしてしまっている所があります。
そして、「わたしは力仕事が得意だから!」言い切って、老人にはちょっと大変な力仕事を積極的にやっていました。
 
やっぱりできないことや、大変に思っていることをサポートしてもらえるとうれしいものです。
それもまた「また来てね」って心から求められる要因のひとつになっていると感じました。
 
 
・遠慮しないし、積極的にコミュニケーションを取る!
帰省最終日の夜。
この日は祖母と話しがしたくて、妻に寝かしつけをお願いしました。
祖母と会えるのだって後何回会えるか解らない。ぼくはおばあちゃんっ子だったので、帰省時は一晩くらいゆっくりと話しがしたいと、いつもゆっくりと話しをします。
 
そうやって話しをしていた所、寝かしつけを終えた妻がやってきて話の中に入ってきました。
こういった夜の親密なコミュニケーションってとても大切で、お互いに色んな深い話しをすることができます。
それこそが、信頼関係を築き上げることになる。
 
祖母の子ども時代の話しや、亡くなった祖父の話し。
ぼくが小さかった頃の話し。
食事の場ではされることがない、コアなコミュニケーションです。
 
 
コミュニケーションって避けようと思えば、避けることは簡単にできます。
でも、積極的に取ることで芽生える信頼関係こそが、相手との関係性を確定させる。
そんな親密な話しを一緒に楽しめたことはぼくとしてもとても嬉しかったです。
 
 

さいごに!

どこのご家庭にでも当てはまるティップスと言うわけではないかもしれない。
それぞれのご家庭の事情もあると思います。
どうしても馬の合わない関係もあると思います。
 
わが家の場合、うちの妻が入ることで家族が油をさしたようにコミュニケーションが円滑になります。
夫としては本当にありがたく、そんな妻には感謝しかありません。
 
 
ーーーーーー
【KIDS家事PROJECT!とは】
子ども達に「家事って楽しい!」と知ってもらい、親御さんが家庭で子どもに家事をやらせることの「面倒くさい」を軽減する講座を開催しています。
家事を身につける上で何より大切な、
 
■あぶないの感覚
■きれいの感覚
■ありがとうの感覚
 
を身につけることをテーマにプログラム開発を行っています。
 
 
■8/25(木)10:00~/みらい館大明(豊島区)
■Facebookアカウントをお持ちの方は「シェア割」利用可能
 
(Peatix)

kidskaji201608.peatix.com

 

 (Facebookイベントページ)

娘さんの食欲が倍増した、みんなで一緒に「いただきます!」

「子どもにとって当然の気持ち」VS「親が思うようにしたいペース」
イヤイヤ期は、子どもには当たり前のことが親にとって「わがまま」に見えてしまうことが見え始める時期。
親がいかに冷静にそれを判断できる目を養えるか。それを試されている気がします。
 

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■きょうの家族言

 
先週から今日まで、夏休みを頂いていました。
鳥取にある実家に帰って、お盆の準備。
わが家は昔ながらのシキタリがまだしっかりと残っている家なので、お盆は墓掃除や招霊の準備がたくさんあります。
こういった伝統を昔は「面倒くさいこと」「やりたくないけど、長男だからしかたなくやること」と思っていました。
でも、この歳になって娘が生まれて、妻がこういった行事も楽しんでくれる今。
とても重要で、次の世代にも伝えていきたいこととして、思うようになりました。
娘さんが、わが家の伝統を引き継ぐかどうかはもちろんわからないけど、ぼく達は引き継いでいきたい。
そんな気持ちに自分がなるなんて、昔は思いもしなかったな。
 
 
 

■娘さんの食欲が倍増した、みんなで一緒に「いただきます!」

 
このお盆の帰省中。娘さんが楽しく美味しくご飯を食べるようになりました。
ここ何日か、食べさせてはグズって、あんまり食べないで泣いて騒いで、ぼく達に怒られていたのが信じられない程の食欲です。
東京の家とは出てくる食べ物が違うからなのか、それとも環境が違うからなのか。
不思議に思いましたが、それはぼく達親のたったひとつの関わり方が原因でした。
 
それが、
 
自由に食べさせる。
 
と言うこと。
たったそれだけのことで、娘さんの食欲が倍増したんです。
 
 
 

■実家で体験。大いに満足気な娘さんの食事風景

 
以前、保護者参観日にひとりでも、モグモグと自由に食べる姿を見て衝撃を受けました。
それを機に「自分で食べさせてみよう」と決めて、手づかみ食べなどもなるべく自由にさせていた。
 
だけど、やっぱり飛び散るしエプロンしていたって服も床もベトベトになる。
後片付けが大変で面倒なことを考えると、6割位はスプーンですくって食べさせたりしていたように思います。
 
実家に帰省した時、床座で下には新聞紙を敷いてご飯を食べさせました。子ども用の椅子なんてないから、ダイニングテーブルでは食べられなかったのです。
そこには大好きなトウモロコシをはじめ、手づかみで食べられる物がたくさんあった。
掴んでは食べ、嬉しそうにしている娘さん。
目の前のたくさんのご馳走に、ぼく達親も娘さんにあまり手を出さず夢中で食べていました。
気がついたら、娘さんはいつもの倍位ご飯を食べ、大いに満足気。
 
新聞紙を敷いていたから、食べこぼしもそんなに気にならない。
親は楽だし、娘さんはひとりで食べられて大満足だし、みんながハッピーな晩ごはんでした。
 
嬉しそうに「ない!」と言って空のお皿を自慢する娘さんの姿を見て、ぼく達は大いに反省をしました。
 
 
 

■ひとりで食べたい!1歳9ヶ月の欲求を満たしてあげる腹くくり

 
これまでは、ぼくか妻が娘さんにご飯を食べさせて、その間にどちらかが自分のご飯を食べる。
それが終わったら交代して、自分のご飯を食べる。
そうやって娘さんのご飯を食べさせていました。
 
だけど、もうそんなことをする必要はなかった。
 
娘さんは娘さんでひとりで食べて、ぼく達も普通に食べればよかったんです。
家族3人、一緒に「いただきます」するだけでよかった。
 
たまにサポートはしてあげるけど、お味噌汁だってご飯だって手やスプーンを使って自分で食べられる。
どこかで「食べさせてあげなきゃ」って気持ちがあったことが、娘さんをイライラさせていたんです。
 
娘さんはご飯をお味噌汁に浸けて食べるのが大好き。
毎回ぼくに「こっちー(ごはんをすくって)」「これー(味噌汁に浸けて)」「ちがうー(具を乗せたりすると怒る)」と、イチイチ指示を出していた。
一匙毎の指示出しは、もちろんぼくだって面倒だけど、彼女だって面倒くさかったんです。(当たり前だ)
自分で好きなように食べたい。なのに、好きなように食べさせてくれない。「もう食べる気なくなっちゃった」って思って当然です。
 
 
彼女がひとりで食べたいと思っている。
その気持を最大限叶えてあげることこそが、ぼく達がやるべきことだった。
 
床に新聞紙を敷くことで後片付けへの抵抗感がかなりなくなることも解り、早速東京に帰ってきてからも実践。
今日もたくさん、楽しそうに食べてくれました。
 
 
 

■さいごに!

 
子育てをしながら、「当たり前」のことが「当たり前じゃなくなっている」ことに気がつくことがあります。
「ご飯くらい自分の好きなように食べたい」そんな当たり前が、親の視点になった途端に「わがまま」に感じてしまう。
イヤイヤ期って、親がいかにその「当たり前」に気がつくか、が試されている時期でもあると感じました。
これまでは「親のペースで子育てを進めること」が当たり前だった。
だけど、これからは「子ども自身にとっての当然の権利」と「親が思うようにしたいペース」のぶつかり合いになりそうです。
 
子どもの視点に立って見た時に、親のエゴが出すぎていないか。
冷静に判断することが必要なんですね。